60years anniversary 横浜と共に成長して、60年。

田辺設計は、2019年に創業60周年を迎えました。

山あり谷ありの60年、
私たちを支え続けてくださった皆様に感謝いたします。

これからも、時代の変化に適応しながら、
地域に愛される建物づくりを続けてまいります。

Special Interview 今も昔も、
目指すのは「横浜で一番の設計事務所」。

高度経済成長期の真っ只中に創業した田辺設計。学校、公民館、図書館、消防署、研究センター、共同住宅など様々な建物の設計に携わり、横浜の発展に貢献してきました。存続が危ぶまれるような苦境も、社員の努力によって乗り越え、幅広いご依頼を頂ける設計事務所へと成長しました。その歴史と今後の展望を、会長の田島と社長の風呂迫が語ります。

  • 代表取締役会長 田島 文男

    東京の設計事務所を経て、1992年に田辺設計へ。1997年に社長、2021年に会長に就任。
    現在は、横浜市建築設計共同組合(YSK)、一般社団法人横浜市建築士事務所協会の副理事を務める。

  • 代表取締役社長 風呂迫 泰寛

    2008年、グループ会社である株式会社塩見(現:株式会社あい設計)から田辺設計に転籍。
    2021年に社長に就任。

苦境に立たされた経験も、今の土台になっている。

田島
創業から半世紀以上の歴史を紐解くと、良かったことも大変だったことも多々あります。今でこそ安定した経営が続いているけれど、存続が危うかった時期もありました。そのあたりの出来事は、風呂迫さんは直接経験していないですよね。
風呂迫
そうですね。ただ、話には聞いています。それまでは特命発注方式で受注できていた官公庁案件が、入札・プロポーザル方式に変わったんですよね。そのため受注件数や受注額が大幅に下がったと。
田島
そうです。私が社長になって間もない頃でした。当時はほぼ全ての案件が官公庁案件だったので、受注件数の減少は大きな痛手でした。仕事が減り、売上が減り、古くからの仲間が何人も去って。「もう潰れてしまうかもしれない」と内心思いました。そんなとき、資本提携という形で手を差し伸べてくれたのが株式会社塩見(現:株式会社あい設計)だったんです。
風呂迫
私が株式会社塩見から転籍してきた頃は、苦境を経た立て直しの時期だったわけですね。当時、設計の仕事を始めて数年の私は、田辺設計に来て驚きました。1人の設計者が担う仕事の幅が広かったからです。官公庁案件で必要になる積算業務も、施工時の監理も、アウトソーシングせずに全て自分たちでやる。毎日遅くまで働く先輩たちの姿を見て、設計に対する熱量の大きさを感じました。
田島
当時は、株式会社塩見のグループに入ったことで資金面や人員体制も改善され始め、新生・田辺設計へと変わり始めていく時期でしたね。大変ではあったけれど、みんな「横浜で一番の設計事務所になる」という目標を掲げていたので、プライドを持って頑張れたのだと思います。経営的には冷えていたけれど、熱い情熱を持った組織でした。
風呂迫
必死に取り組んで、着実に実績が増えていくのは手応えがありました。官民問わずコンペやプロポーザルにも参加して、当選する機会も多くなって。動物園、消防署、スポーツセンターなど、携われる案件は多様になっていきました。苦境に立たされたからこそ「出来る仕事の幅を広げよう」「より良い設計をしよう」とより一層追求してきたわけで、当時の経験は現在の田辺設計の基盤の一つになっていると思います。

変わらないのは、地域に愛される建物をつくるプライド。

田島
2000年代後半から携わる案件の幅が広がって、2010年代からは若い仲間も増えました。仕事の中身も組織の雰囲気もずいぶん変わってきたけれど、みんなで「横浜で一番の設計事務所になろう」と言っているのは変わらないですね。実績の数でもいいし、規模でもいいし、目指す「一番」は人それぞれで良いけれど、私は何よりも「地域に愛される建物を作ること」へのこだわりが大切だと思っています。
風呂迫
私もそう感じます。先輩たちが持ち続けてきたこだわりとプライドは、今の私たちにも引き継がれています。所員たちとは、仕事をする中でよく「どうしたら地域に愛される建物にできるか」と話し合っていますね。

田島
そうして議論になるのは良いですね。こだわりを持って取り組むことが、日々の仕事の質を上げてくれるのではないでしょうか。
風呂迫
そうだと思います。だから誰もが、ただ施主の要望通りに設計をするのではなく、自分たちでも徹底的に調べて考えて提案をする姿勢を貫いています。期待を超えなくては、喜ばれ、愛されるものは作れないでしょうから。もちろん大変さはありますが、施主のみなさんから「ここまで提案してくれるんですか!想像以上でした」と喜ばれると嬉しくて、また頑張る原動力になるんですよね。

田島
民間案件だと、そうした仕事ぶりをご評価いただいてリピートに繋がることも多いですね。実績の幅が広がれば、さらに依頼も増える。若手の所員たちにとって、多様な経験を積んで自信をつけてもらえる環境になってきたのではないか、と嬉しく思っています。
風呂迫
経験を積めば将来の選択肢が広がりますしね。実際、独立して活躍している人もたくさんいるじゃないですか。独立後も田辺設計とはつながってくれているので、「地域に愛される建物をつくろう」という思いを共有できるパートナー企業がいるのは大いに心強いです。

チームとして力を強め、横浜に貢献し続けたい。

田島
創業からこれまでの変化を振り返ってきたけれど、これから先の田辺設計についても話しましょうか。私達の仕事を取り巻く状況も大きく変わってきている中で、社長になって改めて考えているのはどんなことでしょう?
風呂迫
本当に、世の中の変化のスピードが速いと感じています。建物は生活に密着するものですから、建物に対するニーズも変わっている。SDGsや脱炭素といった環境視点が重視されたり、国土交通省によって木材利用が促進されたりしているのが分かりやすい例ですよね。「地域に愛される建物」の在り方も変わり続けていくはずなので、環境変化に順応しつつ先回りした提案ができる設計事務所であらねば、と考えているところです。
田島
なるほど。変化に負けないために必要なことは多々あるけれど、その1つが新技術の導入でしょうか。BIMの導入による設計の効率化や品質向上には取り組んでいますが、今後はAIの活用なども考えたいですね。若い人が中心になって活躍している組織だからこそ、新しいことに挑戦しやすいのは強みになるのでは?
風呂迫
そうですね。それぞれ得意なことが違うので、一人ひとりの個性を活かせたら理想的でしょう。特定の分野に詳しい人、精密な作業が得意な人、コミュニケーションが得意な人など違った強みがあるからこそ、弱点を補うだけでなく強みを伸ばしていけば良いと思うんです。そうしてチームとして総合力を高めることで、競合他社との違いを作っていきたいです。
田島
チームワークは、これまでもずっと大切にしてきたことですね。所員たちが力を合わせなければ、60周年を迎えることもできなかったでしょう。卒業していった人も含め、頑張ってきてくれた所員全員に感謝をしたいです。そして、今働いている所員たちがさらに長く活躍できるように、働きやすい環境の整備などに力を入れていきたいと思います。

風呂迫
長く続いてきた田辺設計らしさは守りつつ、時代に合わせてアップデートすべきことは変えていく。そんな変革を続け、横浜の街に、私たちが手がけた建物を増やしていきたいですね。そのための組織づくりは社長としての重要な仕事でもあると思っています。
田島
会長としては、横浜市建築設計協同組合(YSK)や一般社団法人横浜市建築士事務所協会の副理事も担い、横浜の建物づくり全体の品質向上にも取り組んでいるところです。協力して、これからも地域に貢献し続けられる田辺設計を作っていきましょう。